梅田彩佳卒業 時期は 実は元卓球部、歯も矯正してキレイになりました

梅田 彩佳(うめだ あやか、1989年1月3日 – )A型

現在はNMBだが2014まではAKBである。

梅ちゃんの卒業が近づいてきました。AKBに入った時は歯並びも悪く

田舎から出てきた女の子という印象しかなかった梅ちゃん一般の方は

にはあまり知られてませんが大島優子と同じAKBを初期の頃から支える

2期生です。

 

梅ちゃんは以外かもしれませんがAKB加入前は福岡のダンススクール

に通っていその中でもセンターを努めるような子でした。

AKBのオーディションを合格して成りもの入りで東京へ行ったの

です。

そして東京では今まで自分はセンターだったのに上には上がいる事を

痛感します。

おそらく当時の大島優子や秋元さやかのことかと思います。

今まで地元のダンススクールではセンターだったのにAKBでは2列目

や3列目を経験します。

 

そしてその悔しさから無理をしてこのままではどんどんポジションが

無くなり足を痛めているのを隠してレッスンや公演に出つずけて

結局一年半も休養をとることになります。

長期休養を取ることになつた梅ちゃんは地元に帰り地方局とかの

りーポーターなどのお仕事をしたりもしていました。

 

その間AKBがテレビに出始め自分が見たことも聞いたこともない

曲をテレビで華やかに披露するすがたを見て自暴自棄になったり

もしたそうです。そんな時お母さんやおとうさんににかなり支え

てもらったそうです。お母さんは梅ちゃんの愚痴を嫌がらずに

毎日のように聞いてくれたり、お父さんも何とかなるもんや

人間生きてればと励ましてくれたそうです。

 

そしてここから梅ちゃんは理学療法士の先生のもとAKB復帰に

むけてリハビリを始めるのです。

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今までの梅ちゃんなら弱い自分が許せなかったりもしていたのです

が弱さもいいもんだと受け入れるようになったのだと言ってます。

そして見事に1年半の休養をえて見事

BABY、BABY、BABYで選抜に復帰出来たのです。

 

そして2009年の選抜総選挙では、はじめて32位にランクインし

翌年は22位そして2012年には念願の16位に入り奇跡の選抜

入するのです。

この時のことは今でも忘れられないらしく速報で14位に入っていて

30位くらいからは自分の名前は呼ばれるな、チームKって言うなみ

たいな感じで願ってたみたいですね。20位くらいから隣にいた同期

の大島に手を握られながら二人で祈ってたらしいです。

うめちゃんは優子は自分が1位争いしているにもかかわらず自分の

ことを気にかけてくれたのが大島優子は器がちがうなと思ったらしいです。

そしてこの年チームBのキャプテンに指名されました。

しかし2014年にはNMB48移籍という梅ちゃんにはかなり衝撃

の人事が伝えられます。

まあ色んな挫折を味わっていた梅ちゃんはこのことも直ぐに受け入れて

NMBでもがんばっていき今に至ります。

 

いやあ梅ちゃんの卒業寂しいですね思えば宮本亜門さんとの出会いが梅ちゃんの

卒業を後押ししたのかと思います。

素敵な舞台女優さんになつてもらいたいですね。

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